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【人事・経営層向け】なぜ貴社のダイバーシティ研修は行動変容に繋がらないのか?成功の鍵は「OSのアップデート」にあった

「DEI研修に多額の投資をしたが、現場は何も変わらない…」
「アンコンシャスバイアスの知識は増えたが、無意識の偏見に基づく言動は一向になくならない…」
「多様な人材を採用した結果、かえって意見の対立が増え、組織のエンゲージメントが低下してしまった…」
人事担当者や経営層の皆様にとって、これらは耳の痛い、しかし非常に切実な悩みではないでしょうか。

多くの企業がダイバーシティ、エクイティ、アンド インクルージョン(DEI)の重要性を認識し、研修という形で投資を行っています。しかし、その多くが「知識のインプット」に留まり、社員一人ひとりの「行動変容」、そして最終目標である「組織文化の醸成」にまで繋がっていないのが現実です。

その根本原因は、コミュニケーションスキルやバイアスの知識といった「アプリケーションソフト」のインストールにばかり注力し、その土台となる社員一人ひとりの「心のオペレーティングシステム(OS)」が旧いままであることに起因します。なぜなら、自己理解の不足は、他者理解の欠如、ひいては組織全体の共感性の欠如を招き、心理的安全性を根底から脅かすからです。


本記事では、この負の連鎖を断ち切り、DEIをスローガンで終わらせないための鍵、「OSのアップデート」、すなわち「セルフアウェアネス(自己認識)」を核とした新しいアプローチを、具体的な理論と実践方法を交えて専門的に解説します。

目次[非表示]

  1. 1.理論が示すDEI推進の不都合な真実:個人の「考え方」と「環境」
    1. 1.1.1.クルト・レヴィンの法則
    2. 1.2.2.人生・仕事の成果の方程式
  2. 2.行動変容をデザインする3ステップ研修体系:OSのアップデートから始める
    1. 2.1.ステップ① 意識変革・土壌形成編:「他人事」から「自分ごと」へ
      1. 2.1.1.◆何を学ぶのか?(What)
        1. 2.1.1.1.DEIのビジネスインパクト
        2. 2.1.1.2.エクイティ(Equity:公平性)の本質
        3. 2.1.1.3.心理的安全性との不可分な関係
    2. 2.2.ステップ② 自己理解編【本アプローチの心臓部】:自分の「OS」をアップデートする
      1. 2.2.1.◆なぜ学ぶのか?(Why)
      2. 2.2.2.◆何を学ぶのか?(What)
        1. 2.2.2.1.メタ認知(自己の客観視)
        2. 2.2.2.2.アンコンシャスバイアスとマイクロアグレッション
        3. 2.2.2.3.思考のメカニズム(ABC理論など)
        4. 2.2.2.4.グロースマインドセット
    3. 2.3.ステップ③ スキル実践編:「気づき」を「行動」に変える武器
      1. 2.3.1.◆何を学ぶのか?(What)
        1. 2.3.1.1.共感的傾聴
        2. 2.3.1.2.アサーティブ・コミュニケーション
  3. 3.研修を「文化」へ昇華させるために経営層・人事がすべきこと
    1. 3.1.1.管理職先行の原則
    2. 3.2.2.実践と対話の場の設定
    3. 3.3.3.制度との連動
  4. 4.真のDEIは、一人ひとりの「内なる探求」から始まる
  5. 5.参考文献・引用元

理論が示すDEI推進の不都合な真実:個人の「考え方」と「環境」

なぜ研修は行動変容に結びつかないのでしょうか。その答えは、組織心理学や社会心理学における2つの古典的な法則に隠されています。

1.クルト・レヴィンの法則

B = f(P, E)
社会心理学の父、クルト・レヴィンが提唱したこの法則は、人の行動(Behavior)は、その人個人の特性(Person)と、その人を取り巻く環境(Environment)の相互作用によって決まることを示します。

これをDEI研修に当てはめると、社員(P)に知識やスキルをインプTプットするだけでは不十分であることが明確になります。いくら個人がインクルーシブな行動を学んでも、上司の排他的な言動、同調圧力が強いチーム、多様性を評価しない人事制度といった「環境(E)」が変わらなければ、学んだ行動は実践されず、やがて消えていきます。
特に管理職は、部下の行動に最も影響を与える「環境(E)を創る主体」です。管理職自身が変革の必要性を認識し、インクルーシブな環境を能動的に構築しない限り、部下の行動変容は定着しません。

2.人生・仕事の成果の方程式

成果 = 考え方 × 熱意 × スキル
この方程式は、京セラやKDDIの創業者である稲盛和夫氏が、自身の経営哲学として提唱したものです。この方程式が示唆するのは、3つの要素が「乗算」で結びついているという事実です。
どんなに優れたスキル(例:ロジカルシンキング、語学力)と高い熱意があったとしても、「考え方」(価値観、信念、在り方)が利己的・排他的、すなわちマイナスであれば、成果は決してプラスにはならず、むしろ組織全体に負の影響を及ぼします。

DEI推進における「考え方」とは、多様な他者を尊重し、その違いを価値として認識するインクルーシブなマインドセットに他なりません。この土台となる「考え方」、その根幹であるセルフアウェアネスを磨くことなしに、スキルや熱意を求めても、それは砂上の楼閣を築くようなものなのです。

行動変容をデザインする3ステップ研修体系:OSのアップデートから始める

表面的な知識習得ではなく、不可逆的な変容を促すためには、段階的かつ構造的なアプローチが不可欠です。我々が提唱するのは、「①意識変革」→「②自己理解」→「③スキル実践」という、OSのアップデートから始める3ステップです。

ステップ① 意識変革・土壌形成編:「他人事」から「自分ごと」へ

このステップの目的は、DEIを単なるコンプライアンス要件や社会貢献活動ではなく、「自社の持続的成長に不可欠な経営戦略である」と参加者一人ひとりが「自分ごと」として捉え、変革の土台となる「共感」と「熱意」を醸成することです。

◆何を学ぶのか?(What)


DEIのビジネスインパクト

DEIがもたらす経営上のメリットを、具体的なデータと共に学びます。例えば、世界的なコンサルティングファームであるマッキンゼー・アンド・カンパニーの2020年のレポート『Diversity wins: How inclusion matters』によれば、経営幹部のジェンダー多様性が高い企業は、そうでない企業に比べて利益を上げる可能性が25%高く、民族的・文化的多様性が高い企業ではその差が36%にまで拡大することが示されています。こうしたデータは、DEIがイノベーション創出や業績向上に直結することを示唆します。


エクイティ(Equity:公平性)の本質

全員に同じ椅子を配る「機会の均等(Equality)」と、一人ひとりの状況に合わせて適切な高さの椅子を配る「エクイティ」の違いを明確に理解します。例えば、育児中の社員に一律で時短勤務を適用するのではなく、個々の状況やキャリアプランに応じて柔軟な働き方を共にデザインすることがエクイティです。この配慮が、多様な人材がその能力を最大限に発揮できる環境の礎となります。


心理的安全性との不可分な関係

Google社の調査で注目された心理的安全性が、インクルーシブな環境そのものであることを理解します。「こんな初歩的な質問をしたら馬鹿にされるかも」「反対意見を言ったらキャリアに響くかも」といった不安なく、誰もが安心して本来の自分でいられる状態を創り出すことが、DEIのゴールの一つです。この心理的安全性の土壌を育むのが、組織全体の共感性なのです。

ステップ② 自己理解編【本アプローチの心臓部】:自分の「OS」をアップデートする

このステップこそが、本研修体系の心臓部です。変容を妨げる最大の壁は、外部環境ではなく、自分自身の中にあります。

◆なぜ学ぶのか?(Why)

自己理解の不足が、相互理解の不足に繋がり、それが組織全体の共感性の欠如を招き、最終的に心理的安全性を脅かす――この負の連鎖こそ、多くのDEI施策が失敗に終わる核心的な理由です。DEIに関する知識やコミュニケーションスキルという「応用ソフトウェア」を学ぶ前に、まず自分自身の「心のOS」、すなわち思考や感情のパターン、価値観、信念を深く理解し、更新する作業が不可欠です。
逆に言えば、深い自己理解は、真の他者理解の出発点となり、それが組織の共感性を育み、揺るぎない心理的安全性を構築します。この好循環を創り出すことこそ、OSアップデート、すなわち「セルフアウェアネスを高める」ことの真の目的なのです。

◆何を学ぶのか?(What)


メタ認知(自己の客観視)

「もう一人の自分が、少し離れた場所から自分自身を眺める」という、セルフアウェアネスを高めるための核心的な思考スキルです。自分の思考や感情の動きをリアルタイムで客観的に把握する「モニタリング機能」と、その結果に基づき「感情的に反応する前に一呼吸おこう」と行動を意識的に修正する「コントロール機能」をトレーニングします。


アンコンシャスバイアスとマイクロアグレッション

「悪意はなかった」では済まされない無自覚な加害性に気づく必要があります。「女性なのにリーダーシップがあるね」「外国人なのに日本語が上手ですね」といったマイクロアグレッション(無意識の攻撃的言動)が、いかに相手の尊厳を傷つけ、組織のエンゲージメントを蝕むかを、具体的な事例を通じて深く学びます。ハーバード大学が提供するIAT(Implicit Association Test)などを体験し、自身のバイアスの傾向に気づくことも有効です。


思考のメカニズム(ABC理論など)

ある出来事(A)が直接、感情や行動(C)を生むのではなく、その間にある個人の信念・受け取り方(B)が結果を左右するという認知行動療法のABC理論を学びます。例えば、「部下からの反対意見(A)」に対して、「反抗的だ(B)」と解釈すれば「怒り(C)」が湧きますが、「良いチームにするための提案だ(B)」と捉え直せば「感謝(C)」が生まれます。この「B」をメタ認知によって客観視し、意識的に選択する訓練を行います。


グロースマインドセット

人の能力は固定的ではなく「努力や経験によって成長する」と信じる考え方です。キャロル・ドゥエック教授によって提唱されたこの概念は、「自分は変われる」「他者は成長できる」という信念が、フィードバックを受け入れ、他者の育成にコミットする土台となることを示します。

ステップ③ スキル実践編:「気づき」を「行動」に変える武器

アップデートされたOSの上で、初めて効果的に機能するコミュニケーションスキル、すなわち「応用ソフトウェア」をインストールします。

◆何を学ぶのか?(What)


共感的傾聴

インクルーシブなコミュニケーションの全ての土台です。相手の話の事実だけでなく、その背景にある想いや価値観、感情まで深く理解しようとする姿勢と技術を学びます。これは、ステップ②で探求した自己理解を、他者理解へと繋げ、組織の共感性を高めるための、最も具体的かつ強力な実践スキルです。相手を評価・判断する(judging)のではなく、ただ「理解」しようとする。そのための効果的な相槌、繰り返し、感情の反映といった具体的なスキルをロールプレイングで習得します。


アサーティブ・コミュニケーション

異なる意見や価値観を持つ人々と建設的な対立を行うためのスキルです。対立を恐れて黙り込む(ノンアサーティブ)のでも、自分の意見を一方的に押し付ける(アグレッシブ)のでもなく、相手を尊重しつつ、自分の意見も誠実に、対等な立場で伝える(アサーティブ)ことが、より良い意思決定に繋がります。客観的な事実(Describe)、自分の主観的な気持ち(Express)、具体的な提案(Specify)、相手への選択の提示(Choose)からなる「DESC法」は、あらゆる場面で有効なフレームワークです。

研修を「文化」へ昇華させるために経営層・人事がすべきこと

研修はゴールではなく、文化変革のスタートラインです。その成果を最大化し、持続的な組織変革に繋げるためには、以下の3つの原則に基づいた仕組みづくりが不可欠です。

1.管理職先行の原則

この研修体系は、必ず管理職から先に実施します。前述のクルト・レヴィンの法則の通り、管理職がまず自らのOSをアップデートし、部下が安心して学べる「環境(E)」を整えるという、組織の強いコミットメントを示すことが極めて重要です。

2.実践と対話の場の設定

研修後、学んだことを実践する中での成功体験や悩みを共有する「実践会」や、定期的なフォローアップセッションを設けます。これにより、学びが風化することを防ぎ、組織全体で試行錯誤しながらインクルーシブな文化を共創していく機運を醸成します。

3.制度との連動

研修内容と、人事評価、1on1ミーティングのガイドライン、会議の運営ルールなどを連動させます。例えば、評価項目に「インクルーシブな行動」を加えたり、1on1で「共感的傾聴」を実践する時間を設けたりすることで、学んだ行動が組織の「当たり前」になるよう後押しします。

真のDEIは、一人ひとりの「内なる探求」から始まる

貴社のDEI推進が期待した成果を上げていないとすれば、それはプログラムが悪いからでも、社員の意識が低いからでもありません。ただ、アプローチの順番が違っただけなのです。
コミュニケーションスキルやバイアスの知識といった「アプリケーション」の前に、まず取り組むべきは、社員一人ひとりの「心のOS」のアップデート、すなわちセルフアウェアネスの探求です。
組織文化の変革という壮大な旅は、遠回りに見えるようで、社員一人ひとりが自分自身の「ものさし」や「思い込み」を深く理解することから始まります。深い自己理解が、他者への真の理解と共感を生み、それが組織全体の心理的安全性を育む――この好循環を信じ、その第一歩を踏み出すことが重要です。
まずは自社の管理職が、自分自身の「心のOS」と向き合う機会を設けることから始めてみてはいかがでしょうか。それこそが、揺るぎない組織文化を築くための、最も確実で、最も効果的な第一歩となるはずです。

参考文献・引用元

●稲盛和夫 (2004)『生き方―人間として一番大切なこと』サンマーク出版
● キャロル・S・ドゥエック (2016)『マインドセット:「やればできる!」の研究』草思社
● エイミー・C・エドモンドソン (2021)『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』英治出版
● クルト・レヴィン (1951) "Field theory in social science: Selected theoretical papers" Harper & Row
● Hunt, V., Dixon-Fyle, S., Dolan, K., & Prince, S. (2020). "Diversity wins: How inclusion matters". McKinsey & Company.
● Project Implicit. "Implicit Association Test (IAT)". Harvard University.

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